2012年2月5日日曜日

ピートとパパの会話(その136 "Cool Jazzの位置?")



パパ 「今日は、以前より気になっていたCOOL JAZZの話題だよ」
ピー  「マイルス・デイビスの話題の時、色々言っていたね」
パパ 「COOL JAZZの位置付けなんだが、どうも気になる」
ピー  「気になるとは?」
パパ 「JAZZ史全体から考察しても、どうも影が薄いんだなぁ」

    「先ず、ジャズ・ショコラで軽快に飛ばして行こう」
             ↓
http://www.youtube.com/watch?v=pwkwc8hnvEY&feature=related

ピー  「松下奈緒だ!」
パパ 「ジャズをサラッと弾いてのける技量が凄い」
    「ベースは、ワシお気に入りの池田達也だよん」

ピー  「ほんで、COOL JAZZとは涼しい時のJAZZ?」
    「それとも虚無的なJAZZ?」
パパ 「COOLとは、カッコイイとかイケてる、という意味を表す時の
    形容詞と理解すべきじゃよ」
ピー  「ほう?」
パパ 「大体やね、中学校で習う英語がおかしい。受験英語なら、
    涼しい・寒いという直訳でエエが、JAZZを形容するなら、
    カッコイイという日常会話的でなければならん」
ピー  「中学の先生に責任があるの?」
パパ 「例えば、ある大学の政治学科では、フラッパーやボブカット
    という米国発の風俗も教えると言ったろう」
ピー  「へいへい」
パパ 「日本も受験英語だけではなく、そういう社会的な意味合いを
    持つ内容を、英語教育の中に取り入れるべきだ」

ピー  「それは分かったけど、ほんで何がどないなん?」
パパ 「COOL JAZZは、マイルスとビ-バップとの関係だと思うんだ」
    「マイルスは、自分が育った生活環境とビーバップが合わないと
    感じていた」
ピー  「以前、パパがマイルスの考察の中で言っていたことだね」
パパ 「そう、だけどマイルスは、ジャズをビーバップで習得した
    という事実がある。そこを考えねばならんのじゃよ」
ピー  「ほら始まった」

パパ 「ビーバップの元祖は、チャーリー・パーカーやディジー・
    ガレスビー達だ」
    「一本立ちするには、彼らの呪縛から逃れる必要があると、
    マイルスは考えた筈だ」
ピー  「は~、マイルスの性格からして、考えそうなことだなぁ」
パパ 「そこで思いついたのがCOOL、つまり'カッコイイ' という形容だ」
    「これなら移り気な世間に、幅広く打って出ることも可能だと」
ピー  「カッコイイかぁ。いかにもマイルス的表現だね」
パパ 「だから躍動感を抑制し、メロディを重視する都会的な格好良さを
    追求することにしたのさ」
ピー  「するとCOOL JAZZは、マイルスの個人的な思惑から作られた
    もので、JAZZの持つ社会的な歴史観とは違うということ?」
パパ 「だから長続きはしなかったのさ」
    「それに、JAZZの歴史的視点から言っても、ビーバップのような
    革命的転換点になったとは言い難い」
ピー  「そやさかい、影が薄い?」
パパ 「では、'COOLの誕生' をちょこっと聴いてみよう」
              ↓
http://www.youtube.com/watch?v=8pOvhv78Clk

ピー  「なにやらビッグバンドのようだね」
パパ 「'COOLの誕生' により、JAZZはビーバップのような黒人の解放感
    のみを強調した騒がしいものでは無くなった」
    「ここに、JAZZが白人にも浸透し易くなった理由を感じる」
ピー  「なるほど~、白人の好みは、スウィング系統だもんね」
    「当時の白人達に、解放感は必要ないんだ」
パパ 「じゃが、結局マイルスは、チャーリー・パーカーから逃れ
    られても、ビーバップの呪縛からは逃れられなかった、と
    ワシは考えちょるのよん」
ピー  「話がおかしいじゃんか?」



パパ 「ほんじゃ、死刑台のエレベーターから '高速道路のスリル’を
    聴いてみよう」
              ↓
http://www.youtube.com/watch?v=nyucQIWrs1g

ピー  「はは~、ビーバップの曲 'koko' に似ているね」
パパ 「そうじゃ、マイルスの感性は、ビーバップがその根底にある」
ピー  「パパの言っている意味合いが、次第に分かってきたばい」
パパ 「マイルスと言えども、結局はビーバップの亜流に過ぎない」
    「ビーバップとは、それほど凄いJAZZの形態なのさ」

ピー  「HOT JAZZってーのは?」
パパ 「それは、誰かが作り出した造語だと思っている」
    「何故なら、COOL JAZZが世に出て、相当年月を経てから言い出した
    のがHOT JAZZで、ビーバップのように以前からあった訳ではない」
ピー  「ほと、JAZZの歴史を語る上で、対意というか、反意語的に誰かが
    言い出したの?」
パパ 「言い出したのは、日本人かな?。用語の使い方も変だしぃ~」
    「中学校で習うCOOLの反意語はWARMだし、HOTの反意語は
    COLDだしね」
    「まぁ、HOTを'激しい' という形容詞で表現すれば、意味が通じない
    ことはないが~・・・」
ピー  「COOL,HOTの日本語訳が間違っているのだよぉ~」
パパ 「JAZZの歴史的名称表現から言っても、HOTは如何にも後から取って
    付けた対意語だと感じるなぁ」
    「HOT JAZZが、基本的にビーバップのことを指しているのも、
    そういう理由からだよ」
ピー  「ちゅーことは、元々HOT JAZZという系統的実態は無いんだね」
パパ 「そう、誰かがJAZZの意味合いを知らずに、後から言い出したことだ」

ピー  「パパは、どうしてJAZZが好きなん?」
パパ 「好きではない。ワシは、何故米国だけにJAZZという音楽形態が発生
    したのかに関心がある」
    「つまり、JAZZという音楽を社会科学の範疇として捉えているのさ」
    「すると、マイルスの心境まで理解し得るんだよん。社会的にね」
ピー  「は~ん、そこが面白いのかぁ」
パパ 「JAZZという音楽が本当に好きな人々は、米国社会の成り立ちには
    あまり関心を示さない」
    「そういう人達の興味は、誰が何処で誰と何を演奏したか、なのさ」
ピー  「ほう、最初にJAZZありきなんだね。これは観点の相違だな~」

パパ 「さて、次回は、ワシの最も好むJAZZの聴き方を披露しよう」
    「社会科学ではなく、時代感覚的にね」
ピー  「ま~た、怪しげな聴き方じゃないの~」

2011年12月4日日曜日

ピートとパパの会話(その135 "J-POPで行こう")

ピー  「最近、天候不順が続くね」
パパ 「こういう時は、音楽を聴くのに限る」
    「今回は、J-POPで行こう。米国→日本→米国という話だ」
ピー  「何か意味がありそうだな」
パパ 「日本のJ-POPが、米国の物真似から抜け出して行った過程を、
    音楽と共に辿ろうっていう寸法だ」
ピー  「ほう、ジャズやクラシックではないのか」
パパ 「では、80年代から入ってみよう。先ずこの曲ね」



ピー  「懐かしい。宇崎竜童の作曲だね」
パパ 「ここに、この曲の原曲らしいものがある ↓ 」



    「これはチャック・ベリーだが、あくまで原曲らしい?・・ね。ふふ」
ピー  「そういうことか。これが当時の曲の作り方かぁ」
パパ 「参考までに、日本の作曲者本人が歌っているのがこれ」

http://www.youtube.com/watch?v=fUFtkV_erzI&feature=related

ピー  「益々似ている感じがするゥ・・・」
パパ 「これも参考だが、宇崎はんのパフォーマンスも、これに似ちょる」



    「これは、ヴィンス・テイラーという英国人のロックン・ローラーだ」
ピー  「まあ、よく似たものを捜してくるね~」
パパ 「曲名のTwenty Flight Rockというのは、ヒロポンでラリってしまって、
    階段を20階まで登れんちゅうことを言っちょる」
    「原曲は、エディ・コクランが歌っていたんだ」
ピー  「古、50年代じゃんかぁ」
パパ 「楽器もよく見てみよう。エレキ,ピアノ,ドラムが出てくるだろう」
    「宇崎はんの楽隊も、楽器は現代風に変わったが、同じスタイルだ」
ピー  「ほほう、ロカビリー風ロックンロールだ。なんちゃって。へへ」
    「宇崎はんの素顔って、何となく岡八郎に似てるね」   

パパ 「ちと時代を遡って、日本のマイナーなグループを聴こう。憂歌団だ」



ピー  「憂歌団! こんなグループがいたのかぁ」
パパ 「ワシが憂歌団を初めて聴いたのは、70年代初頭だったなぁ」
    「ボーカルの木村充揮が、物凄く印象的な歌い方をしちょった」
ピー  「ギターも独特の音色だね」
パパ 「内田勘太郎の弾くスライドギターだよ」
    「米国南部の黒人ブルースによく出てくる」
ピー  「こういう米国発の曲が、J-POPの基礎になって行ったのか~」
パパ 「そう、それが70年代、80年代なんだ」

ピー  「日本独自のPOPSは生まれなかったの?」
パパ 「POPSは、米国の黒人音楽と白人音楽が融合したものだ」
    「日本人は、そういう文化の経験値が無かったのさ」
ピー  「だから、西洋風のPOPSが作れなかったのかぁ」
    「で、ちょっと真似てやろうかと?」
パパ 「じゃが、80年代のバブル以降、円の力によって米国の曲と情報が、
    大量に日本へ入ってくるようになった」
ピー  「なるほど、そうして異文化の経験を積んで行ったんだね」
パパ 「その経験が、バブル崩壊後の90年代に実を結んだのじゃよ」
    「そうして一気に噴き出したが、これらの曲だ」







ピー  「もう、米国の真似をしなくてよくなったのかな?」
パパ 「これらの曲には、最早米国の影響を感じないね」
    「それと、80年代のブリッコとかいう甘えた声のジャリタレが
    衰退して行って、スッとしたのもこの頃だ」
ピー  「いよいよJ-POPの始動だね~」
パパ 「では、当時のドラマの主題曲を聴こう」
    「MY LITTLE LOVER の Hello,Again だ」
    「このドラマは、八ヶ岳南麓の小淵沢が舞台になったんだ」



ピー  「小淵沢というと、おいらがよく行くところだ」
    「もう少し行くと、どでかいドッグランがあってさ」
パパ 「もう一発 B'zちゅーのを聴こう」
    「キムタクと常盤貴子主演のドラマ、ビューティフルライフの
    主題歌だよ」 



ピー  「ちょっと聞くけど、パパはJ-POPに興味があったん?」
パパ 「当時、よく聴いていた。こういう音楽は、老若男女を問わず
    文化的な共有ができる」
ピー  「若作りとか年寄りの冷や水とか言うけどぉ・・」
パパ 「あのな、若者文化というのは、その上の世代が作り出したものだ」
    「理由は、若者は金も力も社会的ポストも経験も無い。それらの迷える
    若者をリードしたのが、その上の大人達なんだ」
ピー  「ほと、若者が、僕たちの文化って言っているのは、大人が作って
    与えたものなの?」
パパ 「だから、世代間で文化を共有できるのさ」

ピー  「しかし、B'zとおっさんは、イメージが合わないな~」
パパ 「ふふ、例えば、B'zやZARDのプロデュースをしたのが長門大幸氏だ」
    「彼は、団塊の世代じゃぞ~」
ピー  「なぬ、ほんまかいな? OK! パパを信じよう」
パパ 「ワシは、長門大幸氏が芸能界へ入った経緯や、その時のご両親の
    葛藤を生で知っている。生でね」
ピー  「?」
パパ 「昔、彼はワシを見ると挨拶をしておった。もう忘れただろうが」
ピー  「パパは、何やら怪しげだな~」
パパ 「あまり発言すると、週刊誌がうるさいから止めておこう」
ピー  「時々びっくりするようなことを言い出すけど、一体何なん?」
パパ 「そこが、人の面白いところなのさ。イヒヒ」

ピー  「ここから先、日本のJ-POPはどうなって行くの?」
パパ 「世界でも珍しいオタク文化と共に、日本独自の文化として世界に
    発信して行くことになる」
ピー  「あ~、それが最初に言っていた米国→日本→米国の意味合いかぁ」
パパ 「そうざんす。米国が創り出したPOPS文化は、時を経て日本から
    米国に回帰したんだ」
    「それでは、全米ツアーを果たしたパフィを聴いてみよう」



ピー  「意味不明の歌詞だね」
パパ 「井上陽水の作詞だよ。散文的表現を通り越している」
    「ま、単なる単語の羅列だが、その単語の並びが面白い」
    「パフィーは、日本のオタク文化の発展型と見ることができる」
ピー  「J-POPの辿り着いた先は、米国か~」

2011年11月16日水曜日

ピートとパパの会話(その134 "江 戦国の姫たち")



ピー  「今日は、何の話かな?」
パパ 「ちと趣を変えて、大河ドラマ’江、姫たちの戦国’の話をしよう」
ピー  「して、どのような展開の話でござるかな?」
パパ 「脚本家の田淵久美子氏が、ドラマをどのように描いているかに
    焦点を当てるでござ~る」
ピー  「ふ~ん、脚本の話なのか」

パパ 「このドラマは、女性側から見た戦国物語と言える」
ピー  「ほっほう、そこが、今までの戦国ドラマとの相違点かな?」
パパ 「そうだよん。このドラマの根底に、田淵久美子氏の一貫した平和
    へのテーゼを感じる」
ピー  「はぁ、おいらはチャンバラのドラマだと思っちょった」
     「して、どのように描いてるのよ?」

パパ 「まんず配役じゃが、徳川秀忠に向井理をもってきた」
ピー  「それが?」
パパ 「田淵氏は、このドラマに非力で優男(やさおとこ)の向井理を
    配置することで、意図的に'平和' を醸し出そうとしたんだ」
    「これは適役じゃな」
    「同じように、太賀が演じる豊臣秀頼も優男に仕立てている」
ピー  「これが男性脚本家だと、強面の時代劇俳優を持ってくるのかな?」
     「例えば役所宏司とか」
パパ 「それでは田淵氏の狙いである女性側から見た戦国、つまり'平和’
    への感情表現がぶち壊しになる」

ピー  「真田幸村を演じている浜田学は?」
パパ 「戦国武将として、ええ味を出しちょーる」
    「田淵氏は、真田幸村をまさしく軍人として描いている」
ピー  「軍人ねぇ・・・」
パパ 「権謀術数渦巻く戦国の世で、仕えるべき主人から離れず、絶対に
    政治的な動きをしない。正に軍人として描き、ドラマの中で平和
    とのバランスを取っている。チョイ役のように見えるが、絶妙の
    配役じゃ」

ピー  「色男はいないのかな?」
パパ 「それは豊臣秀吉だよ。これも女性側から見た秀吉像であり、
    好感が持てるように、かなりの脚色が施してある」
    「色男というより、ただの助平親父なんだけどね。ふふ」
ピー  「なんじゃそれは」「ま、面白ければ許そう」

パパ 「さて、ドラマ後半じゃが、簡単に言えば、徳川秀忠と豊臣秀頼が
    平和を模索し始め、それを江、淀、初が支援して行くという展開
    だった。ここでも田淵脚本の思惑が垣間見える」
ピー  「それで」
パパ 「で、大阪夏の陣でドラマが一変する」
    「この辺りはね~、田淵久美子と言えども、歴史の事実から逸脱する
    訳にはいかない」
ピー  「ここは、史実に従ってドラマを描いた?」
パパ 「まぁ~、向井理と太賀を鬼にして史実に従った訳だ」
    「子離れできない宮沢りえを交えてね」
    「ここに 'おね' と '淀’の関係を、家康の思惑を交えて表現すれば、
    もっと怪しいドラマになったのだが~・・・」
ピー  「どういうこと?」
パパ 「'おね'は、実際のところ家康に天下をやるのだが、何故やったかだ」
    「それだけでもドラマが出来上がる」
ピー  「似たようなことを’その66 太宰治とチーズフォンデュ’で
    話さなかった?」
       ↓
http://hiroigui.blogspot.com/2009/10/66.html

パパ 「ああ、言ったかも知れない」
    「ここで田淵久美子氏は、大阪夏の陣の総括として、’平和な世の中に
    するため、どうしても豊臣を滅ぼさねばならなかった’、と向井理に
    言わせている」「これは、歴史の大義名分であり、結果論だ」
ピー  「ほと、脚本家として、史実と妥協した?」
パパ 「平和という基調からして、そのように言わさざるを得なかっただけさ」
ピー  「しかし、それは可逆的だ。家康に天下盗りの野心があるから、
    平和が乱れる」
パパ 「なるほど、秀吉が天下統一を成し遂げて暫くは、世も平和だった」

ピー  「だけど、ややこしいドラマの見方をするねぇ」
パパ 「いや、これは歴史観だ」
    「んで、今後のドラマ展開だが」
ピー  「はいはい」
パパ 「江と竹千代の乳母 福との跡継ぎを巡る戦いに変容して行く」
    「ドラマが夏の陣で終われば、このような展開は必要無いのだが・・」
ピー  「でも、江の生涯を描いているんだろ?」
パパ 「史実では、長男の竹千代(家光)が家督を継ぐ」
    「田淵久美子氏は、ここをドラマとして面白く描こうとしている」
ピー  「どのように?」

パパ 「もう平和への闘争を描く必要がなくなり、内なる女の戦いに変わる」
ピー  「ほう、女性好みのドラマになるのか」
     「でも、どうして女性は、そういうことを好むのか知らん?」
パパ 「以前、ボーヴォワールの哲学の中で話したことがある」
          ↓
http://hiroigui.blogspot.com/2008/12/blog-post_25.html

ピー  「そういうことかいな・・・」
パパ 「で、田淵氏は、長男の竹千代よりも、次男の国松の方を特段の器量
    良しとして描いている」
ピー  「ほ~?」
パパ 「ここでの表現は、二つの根拠に基づいていると考えられる」
     「先ず、豊臣が滅び、平和な世の中が到来したこと」
ピー  「へーへ」
パパ 「第二に、次男国松のような政治的器量良しに政権を任すと冒険主義
    に陥り、再び戦国の世にするかも知れないという恐れ」
ピー  「はは~ん、秀吉の朝鮮出兵の二の舞か」
    「すると、平和維持という観点から、どちらを跡継ぎに選ぶかという
    ドラマ展開にする訳だ」「そこに江と富を絡ませるんだね」
パパ 「ここに、田淵氏が、竹千代と国松を極端に異なった性格として脚色
    表現した理由がある」
     「それに、竹千代を跡継ぎにしたという史実があり、ドラマ化し易い」
ピー  「歴史が脚本だ」

パパ 「ま、天下統一後は、それを維持する行政機構を中心に政治が動く」
    「それと、国家を維持していくには、経済的な才覚も必要だ」
ピー  「ほとだね、少々器量の劣る竹千代を核とし、その周辺に優秀な
    家来を配置して、幕藩体制を維持して行くんだね」
パパ 「そう、行政主体の体制にして、平和を安定的に継続して行くんだ」
    「つまり、徳川家の支配体制ね」
ピー  「武家諸法度の発布もそうだね」
パパ 「こういうことは、行政側からすれば、担ぎやすい竹千代の方がやり
    易い訳だ」「最早カリスマ性や軍事的才覚・非情な精神は必要ない」
ピー  「家康や秀忠も、そのような理由から竹千代を跡継ぎに
    したのかなぁ?」
パパ 「んだ。それを女性の感性で描いちょんのよ」
ピー  「ほう、このドラマの最後の見所だねぇ」
パパ 「富というのは、後の春日局だよ」
ピー  「分かった。竹千代が頼りないから、春日局が権勢を振ることになる
    のか~」
パパ 「ワシも、そう考えておるのじゃよん」

ピー  「だんだんと描き方が分かってきたよ」
パパ 「この脚本の面白味は、戦国史を女性側から再考しようとしたところに
    ある。それによって、歴史を違った目で捉えられるということだ」
ピー  「ほ~、戦国を男のチャンバラ物語でなく、女性という平和主義者から
    見ると、こうなるということか」
パパ 「それが、このドラマにおける田淵久美子氏の狙いだ。チョーン」
ピー  「ふ~・・・」

2011年10月27日木曜日

ピートとパパの会話(その133 クラシックの秋)



パパ 「芸術の秋になったなぁ~」
ピー  「秋は、どうして芸術なん?」
パパ 「理由は分からん。誰かが最初に言い出したらしい」
    「んで、今日はクラシックの話をしよう」

ピー  「ずーと、JAZZやPOPSの話だったもんね」
パパ 「ま、JAZZは、季節感に乏しいからねぇ~」
ピー  「ほー、そりゃまたどうして?」
パパ 「自由や解放感といった黒人の願望を体現した音楽だからね」
    「そこに、ビーバップやフリージャズが生まれたアメリカ独特の
    歴史的必然性がある」
ピー  「はぁー」
パパ 「それに、ジャズはリズム中心の音楽だから、季節感を表現
    するのには向かないような気がする」

ピー  「ジャズは、自然や季節を感じ、それを音楽的に表現することが
    無かったの?」
パパ 「それよりも、黒人個人の解放感の表現が先だったのよん」
    「これは、アメリカ文化の特徴の一つだね~」
ピー  「ふ~ん・・・」
パパ 「じゃがの、欧州へ渡ったジャズメン達は、伝統ある文明に接し、
    洗練された人生観や自然観を認識するようになった」
    「ケニー・ドリューなんか、その最たる人だ」
ピー  「どうしてそうなるの?」
パパ 「そのことに触れると、延々と続くから止めておこう」

ピー  「ちょっと聞きたいんだけど、欧州では自由や解放といったことを
    音楽で表現しなかったの?」
パパ 「ショパンの '革命' なんかがそうだ」
    「しか~し、当時の帝国主義的欧州では、個人の感情よりも国家と
    いう概念が先行したから、黒人音楽のジャズとは表現が異なる」
ピー  「どう異なるのよ?」
パパ 「簡潔に言うと、ジャズは音の跳ね具合で感情表現をしたが、
    クラシックは全体的な曲の構成でそれを表現した」
    「非常に理論的ではあるが、何かを扇動するような意図を感じる」
ピー  「ややこしいことを言うね~」
    「えーと、今日は、クラシックの話だよね」

パパ 「そう、リズムよりメロディという訳さ。秋じゃけんね」
    「では最初に室内楽のことを話そう」「室内楽は指揮者が
    いないよね」「どうやって楽曲を揃えると思う?」
ピー  「そもそも指揮者っているの?」
パパ 「指揮者がいないと、演奏者が自分勝手な判断で演奏するから
    無茶苦茶になる」
ピー  「ほう、演奏者個人の感性が剥き出しになるんだ」
パパ 「そうじゃ、そこを指揮者がコントロールして、全体としての
    音楽性を引き出すんじゃよ」
ピー  「大変な役目だね」
パパ 「だから指揮者と楽団員が反目し合うこともある」
    「かつての小澤征爾とN響のようにね」

ピー  「そういやー昔、オケ弾きとソロ弾きの話をしてたよね」
パパ 「覚えていたかい、ピート君。オケ弾きは皆と仲良くやっていける
    タイプ、ソロ弾きは個性的で且つ芸術的センスの持主だ」
ピー  「ほと、少人数の室内楽は、ソロ弾きのタイプかな?」
    「個性的な人達が、どうやって楽曲を合わすんだろう?」

パパ 「ほほ、では実際に視て、聴いてみよう」
    「ゲバントハウス弦楽四重奏団の演奏で、モーツアルトの
    弦楽四重奏曲第19番 ’不協和音’ね」
ピー  「モーツアルトか~。どういう演奏形態になるのかな?」
パパ 「先ず出だしだけれど、画面21秒後に左の第一バイオリンの奏者が
    弓を静かに振り降ろす」
ピー  「指揮者のボーイングだね」
パパ 「これが出だしの合図で、それに従ってチェロが序奏を弾き始める」
    「これをアインザッツと言い、この動作を業界用語で
    'ザッツを出す'という」
ピー  「セーノ~とかサンシ~とは言わないんだ」
パパ 「そして、1分49秒後にフレーズが変わり、軽快なロココ風の
    メロディへと推移していく」
ピー  「細かい視かただなぁ」
パパ 「演奏者がお互いにアイコンタクトを取りながら、テンポを合わせて
    演奏している様子がよく分かる」「これが、アンサンブルの極意だ」
    「では、サロン風の演奏を視てみよう」



ピー  「ほっほう、お互いにチラチラと顔色を窺っちょるね」
パパ 「かつて演奏者に、室内楽の演奏感について聞いてみたんだ」
    「そうしたら、気を使うから室内楽は嫌だってさ」
    「オケの場合、指揮者の指図どおりにやっていればいいから、
    楽だって」  
ピー  「おやおや、聴くと演奏では、そんなに違うのか」
パパ 「それに、馴れない人が室内楽を演奏すると、譜面にばかり
    気をとられ、アンサンブルにならない」

ピー  「さっき言ったロココって何?」
パパ 「モーツアルトのように装飾音を多様した音楽の様式をいう」
    「彼の作曲年代は、ロココ全盛期が過ぎた頃かな」
    「ロココ様式は、1789年のフランス革命で消滅した」

ピー  「ということは、宮廷文化に起因する様式だね」
パパ 「そう、ロココは、建築や絵画の様式にも表れている」
    「ロココ様式は、その内装に特徴があって、白を基調とし、
    その周りを金色で囲むとかね」
    「神聖ローマ帝国の世紀末芸術とも言える」
ピー  「バロックより、一層成金趣味的になったんじゃないの?」
パパ 「そうだね。建築や内装は、権力や財力を誇示する象徴だからね」
ピー  「絶対王政の好きそうな様式だ」
パパ 「絵画の場合は、甘美で官能的な美を表現し、退廃的でもあるのが
    特徴だ」「特に、ワトーとかフラゴナールが有名で、中学の
    美術史にも出てくるよ」
ピー  「音楽や建築や絵画は、その時代を反映しているのかぁ」


(左はロココ様式の内装。 右はフラゴナールの有名なブランコをする
 女性を下から覗いている退廃的でちょっとHな絵)


パパ 「では、チャイコフスキーの'ロココの主題による変奏曲' を
    聴いてみよう」「ワシの好きな曲だ。ヨーヨーマの演奏だよ」



ピー  「はぁ~、第7変奏まであるのか~。秋を感じさすね~」
パパ 「ロマン派や古典だけでなく、バロックも聴いてみよう」
    「ワシの好きなバッハのブランデンブルグ協奏曲第5番だ」



ピー  「ほう、紅葉の銀杏並木を歩いているような気がする」
パパ 「それも、カントが歩くようなドイツの街角ね」
    「家で聴くなら、チョット気取って上下に開閉するダブルハング
     の窓から西洋庭園を眺めながら聴くのがいい」
ピー  「なるほど、掃き出しの縁先では雰囲気を感じないのね」
パパ 「そう、ピートが田んぼの畔を歩いていても似合わないのと同じだ」
    「では最後に、バッハのアリオーソを聴こう」
    「フランス映画、'恋するガリア' のテーマ曲だよん」



ピー  「曲の雰囲気から、そろそろ晩秋だねえ・・・」

2011年9月23日金曜日

ピートとパパの会話(その132 映像と音楽(3))



パパ 「今日も前回の続きだよん」
ピー  「この前は、ロックンロールとロカビリーの違いを話したね」
パパ 「そう、その続きだ」「今日は、リトル・リチャードの
    トゥッティ・フルッティ(Tutti-Frutti)という曲から始めよう」
    「当然ロックンロールじゃけんね」



ピー  「喧しいなぁ。前回の’のっぽのサリー’と同じじゃんか」
パパ 「エルビスがやると、こうなる ↓」



ピー  「これは~、ロカビリーだね」
パパ 「そう、ベースはスラッピング奏法だし、エルビスはヒーカップに
    マンブリング唱法っぽい。ヒルビリーの延長線上だ」
ピー  「ほほう、ロカビリーの三大特徴だね」
    「ところでトゥッティ・フルッティって、何?」
パパ 「果物の味がするガムらしいが、関係不明」
ピー  「ところでさ、二人とも歌の中で’ル・バッパ・ワッパッパ’、
    なんて意味不明な事を口走っているけど・・・」
    「これって、ドゥーワップ (doo-wop)?」
パパ 「ちゃう!」
    「正調ドゥーワップは、これだ ↓」



ピー  「ほえ? ムード歌謡じゃんか?」
パパ 「前川兄いのバックで、ああああ~♪うう~♪るるっる、る~♪
    とか歌っているコーラスが、ドゥーワップなんだよん」
ピー  「ほっ?」
パパ 「ドゥーワップは、1950年代のコーラスグループに取り入れられ、
    主旋律を歌うボーカルを盛り立てる役目をしたんだ」
    「この歌唱は、ゴスペルとジャズの融合でおわす」
ピー  「クールファイブとの関係は?」
パパ 「単にドゥーワップのコーラススタイルを取り入れただけさ」
    「他にマヒナスターズや東京ロマンチカもそうだよん」
ピー  「ドゥーワップは、米国発かぁ」
パパ 「アメリカでは、オンリー・ユーを歌ったプラターズが有名だよ」
ピー  「日本でも流行ったよ。おいらは’16トン’が好きだな」



パパ 「ざ~っと話してきたけど、POPSやロックを遡って行くと、
    ジャズを通過して西アフリカのイボ族の音頭と欧州の民謡に
    到達する」
ピー  「面白いね。二つの流れが米国で統一されてジャズやロカビリー
    になり、そして、再び分散して行くんだねぇ」
パパ 「アメリカ音楽の系統樹を探れば、ユーロアメリカンやアフロ
    アメリカン、更にはクレオール等の音楽が融合し、ジャズ、
    ROCK、POPS等へと発展して行った過程がよく分かる」
ピー  「アメリカならではの融合と分散だ」

パパ 「だけどねぇ、R&Bやジャズってーのは、白人に対する黒人の
    カウンター・カルチャーだなぁ」
ピー  「対抗文化って訳?」
パパ 「例えば、リトル・リチャードの’ノッポのサリー’は、
    パット・ブーンに真似されないようにと、非常な早口で
    怒鳴りまくるように歌う曲として作られたんだ」
ピー  「はは~ん、こういう曲でパットブーンのノリが悪いのは、
    そういう理由かぁ」
パパ 「そいうこと。じゃが、ヤンチャ坊主のプレスリーは違った」
ピー  「悲しいかな、彼らの持つ音楽的独創性を白人に搾取され
    たんだなぁ」
パパ 「だから、黒人の音楽を理解するには、合衆国の歴史を知らねば
    ならないのさ」
ピー  「それで、ジム・クロウ法がどうとか言うのかい?」
パパ 「音楽は人文科学だと言われるが、ことアメリカ発の音楽に
    関しては、社会科学としての認識も必要だ」
ピー  「どうして?」
パパ 「何故なら、アメリカ社会の矛盾が、ジャズを始めとする独自の
    音楽を発展させる原動力になったからさ」
    「そこに、認識すべきアメリカ音楽の本質がある」

ピー  「社会的矛盾がもたらしたアメリカ音楽の発展と融合ねぇ」
    「本質の論理的解釈は?」
パパ 「黒人音楽の発展過程とその融合は、弁証法的な解釈で、
    その本質を認識し得る」
    「対立と闘争、そして、矛盾の統一だ」
ピー  「対立と闘争ってのは、黒人と白人の関係だね」
    「矛盾の統一とは、融合を指すんだね」
    「 Rock'n Roll + Hillbilly = Rock-A-Billy ちゅーことか」

パパ 「しかしそれは、’新世界’というアメリカだからこそ、音楽の
    融合が起こり得た、という事実を見逃してはならない」
    「また、互いに影響を受けたのでは無く、文化の対立と闘争を経て、
    まったく新しいものが興ったと考えた方がいい」
ピー  「パパ特有の歴史観? 或いは唯物史観?」
パパ 「アメリカは、自由を求めた清教徒が一から作った国だ」
    「社会の形成期に、伝統的な思想や観念に縛られることがなかった
    から、異文化同士の融合が起こり得たと考えられる」
ピー  「自由の精神かぁ。だから、R&B,ジャズ,ロック系統は、ヨーロッパ
    では興らなかったのか」
    「新世界音楽と定義付ければ良いのかも知れないね」
パパ 「そして、西アフリカのイボ族の音頭が、アメリカでの文化的融合
    を経て、世界に影響を及ぼし、遂にはジュリアード音楽院で教え
    られるようにもなった」
ピー  「ほっほう! 壮大な航海だ~」
パパ 「ここに、アメリカ合衆国という国の精神があると思わないかい?」

2011年9月21日水曜日

ピートとパパの会話(その131 映像と音楽(2))



パパ 「今日は、チャールストンがとんでもないところに影響を
    及ぼしたという話から始めよう」
ピー  「どんな影響を何処に及ぼしたのかな?」
パパ 「まんず、この映像からね ↓」



ピー  「なんじゃこれは? ドリフのひげダンスじゃんか」
パパ 「このリズムの元は、テディ・ベンダーグラスのDo-Meという曲
    じゃが、問題は踊りのスタイルだ」
ピー  「ふざけて踊っているだけだろう?」
パパ 「彼らはエンターテイナーだ。何処かにネタはないかと、常に
    魚の目鷹の目で探しておーる」
    「しかもドリフは演奏家だ。音楽を辿って行くのが常套だよ」
ピー  「ふむふむ」
パパ 「そして、遂に彼らはネタを見つけたのじゃよ。それが下の画像だ」
   「手足の動かし方をよ~く見てみよう」



ピー  「リズムも踊りも、ひげダンスに似てはいるけどぉ?」
パパ 「これは、1920年代のチャールストンだ。この映像がドリフに影響を
    与えた」「リズムは、シンセサイザーで追加したものだけどね」
ピー  「う~ん、確かに手首を90度曲げて外に突き出す動きは似ているが」
    「だけど、一体どういう意味の動きなん?」
パパ 「チャールストンやリンディ・ホップは、西アフリカのイボ族の踊りが
    そのルーツらしいと言われている」
ピー  「その人達が、アメリカに連れてこられたのかぁ」
パパ 「彼らの踊りは、精霊と看做す動物の真似をするのが特徴で、しかも
    即興的だ」
ピー  「アフリカのシャーマニズムがルーツかぁ」
    「即興的というのも、ジャズのルーツらしいや」
パパ 「ワシは、この手足の動きから、鳥の雛の真似をしている映像だと
    思っている」
    「この映像が、一世を風靡したドリフのひげダンスに繋がったのじゃ」
ピー  「まことしやかに聞こえるけど、しかしこじ付けだな~」



ピー  「黒人音楽は、ダンスと密接に関係してるのかぁ」
パパ 「ジャズやR&Bも、元々ダンスミュージックだかんね」
パパ 「黒人のジャズは、大きく分けて二つの流れがあると考えているんだ」
    「一つは奴隷社会の困苦からの解放を願ったR&B系」
    「これは、今日のロックに繋がって行く」
ピー  「もう一丁は?」
パパ 「白人音楽の影響を受けて、R&Bから分派したスウィング系だ」
    「こちらはマイルドなPOPSへと変化して行く」
ピー  「は~ん、アメリカ発のPOPSは、黒人音楽がそのルーツなんだ」
パパ 「んだ。では、黒人発のロックンロールと、それを真似た白人
    の映像を見てみよう」
    「先ず、R&Bのリズム感を取り入れたロックンロールの祖、
    有名なリトル・リチャードのLong Tall Sallyだ」



ピー  「ノッポのサリーか。でもさ、観客が白人ばかりだね」
パパ 「気がついたかね、ピート君。そこが重要」
    「黒人の面白い演奏を観て、白人が楽しむ構図だ」
    「後ろ向きでピアノを弾いたりしたのは、その理由からだ」
ピー  「ちゅーことは、リトル・リチャードは、ロックンローラー系の
    ヴォードヴィリアンなんだね」
パパ 「そんとおり」
ピー  「黒人が、当時の米国社会で生きる道かぁ・・・」
パパ 「しゃーから、彼が正当に評価され出したのは、1964年に悪名高き
    南部のジム・クロウ法が廃止されてからだ」
ピー  「ジム・クロウ法?」
パパ 「有色人種に対する公共施設の利用制限法だ」
    「白人と同席出来ないとかね」「日本人もこの制限対象になったが、
    後に名誉白人扱いとされ、同席を許されたんだ。チーン」
ピー  「ジャズを知るには、アメリカ合衆国の法律史も知る必要が
    あるのかぁ・・・」
パパ 「で、ロックンロールは、次第に白人にも受け入れられるように
    なるんだ」「ここで、ノッポのサリーの白人版を聴こう」
    「当時の良い子ちゃん、パット・ブーンではなく、エルビスだ」
ピー  「パット・ブーンじゃ駄目なの?」
パパ 「こういうリズムは、良い子ちゃんでは駄目なんだよ」



ピー  「ほう、スゲィ迫力。ロックンロールはエルビスでないと
    駄目なのか~」
パパ 「エルビスの値打ちはそこにある」
    「それと、これはロックンロールではなく、ロカビリーだ」
ピー  「だって、リトル・リチャードのカヴァーだろ? ロックン
    ロールじゃんかー」
パパ 「ロックンロールを踏襲しつつも、演奏形態がちゃう」
    「それはね、エルビスが白人だということ」
ピー  「よくわーらんな~」
パパ 「ロカビリーは、黒人のロックンロールと白人のヒルビリーが
    融合したものだよん」
    「じゃけん英語で ’Rock-A-Billy’と書く」
ピー  「な~んか講義を受けているようだなぁ。ふ~」
パパ 「どちらも同じなんだが、当時、黒人が歌ったものをロックン
    ロール、白人が歌ったものはロカビリーと言った」
ピー  「なんじゃそれは~。これもジム・クロウ法の影響かい?」
    「要は、ややこしいことを抜きにして、聴きゃいいんだろう?」
パパ 「ジャズやロックンロールを理解するには、合衆国の歴史も
    知らねばならない」
    「ライナーノートの解説を読むだけでなく、自分で調べ、
    自分で考えなきゃ~ね」
ピー  「黒人音楽ってのは、そんなにしんどいものかい?」
パパ 「知るってのは、黒人音楽への理解も深まるし、歴史的、系統的
    に把握できる」
ピー  「音楽の範疇だけに留まらないんだ」


          (1920年代の典型的なフラッパーの女性)

パパ 「因みに某大学の国際政治学科では、合衆国の歴史を教える
    のに、ジャズの変遷や当時のファッションから入るんだ」
ピー  「ほんまかいな?」
パパ 「例えば、ローリングツウェンティーとかフラッパーとか
    ボブカット てーことも講義内容に入れてお~る」
ピー  「またどうして?」
パパ 「米国の民主主義を考える上で、必要且つ重要なことだからさ」
ピー  「ちょっと意味を説明してよ」
パパ 「ローリングツウェンティー(roaring twenties)とは、喧騒の
    20年代を指す。カンザスシティやシカゴ時代のことだ」
    「ジャズが猛烈に発展した時期でもあり、チャールストンも
    この時代だ。禁酒法とかアル・カポネが暗躍したのもこの頃」
ピー  「フラッパーとかボブカットは?」
パパ 「これは、当時の女性ファッションだ。ウーマンリブの精神にも
    繋がった開放的なファッションを指す」
    「ボブカットは、おかっぱにした女性のヘアースタイルだよ」
ピー  「どうしてそんなファッションが流行ったの?」
パパ 「それはね~、日本人は物真似だけど、合衆国にはそれなりの
    理由がある」「それは、またの機会に話そう」
    「本日はここまででやんす。続きは次回ね」

2011年9月19日月曜日

ピートとパパの会話(その130 映像と音楽(1))

ピー  「今日は、なんの話?」
パパ 「映像や音楽から何が読取れるか、という話をしよう」
ピー  「ややこしい話は否だからね」
パパ 「ここでは、人種固有の文化が融合し、新しい音楽を生み出して
    いった米国社会の背景と、その影響について考えてみよう」
ピー  「つまりは、その頃の映像や音楽の話かい?」
パパ 「まず、この映像から見てみよう」
    「ノーマン・グランツという人が、1944年に制作した
     JAMMIN' THE BLUESという題名の映画で、当時のジャムセッション
    を描いた作品だ」



ピー  「50年以上前の映画だね。この映像から何を読取るの?」
パパ 「色々ある。この映画が制作された1944年は、チャーリー・パーカー
    やディジー・ガレスビーによるビーバップが出現するほん直前だ」
    「まずは、そういうジャズ変革期の歴史を認識してと!」
ピー  「それで?」
パパ 「この短編映画の音楽は、Midnight Symphony、On the Sunny Side
    of the Street、Jammin' the Bluesの3部構成になっている」
ピー  「一粒で3度美味しい映画かぁ」
パパ 「ジャムセッションだから、Midnight SymphonyとJammin' the Blues
    では、ソロ演奏によるアドリブを披露している」
ピー  「なるほど、これがビーバップの基になる訳だね」
パパ 「また、Jammin' the Bluesは、演奏形態の中にニューオリンズジャズ
    やデキシーランドジャズの名残りを見て取れる」
ピー  「して、ニューオリンズとデキシーの違いは?」
パパ 「超々簡単に言うと、ニューオリンズジャズはアフロアメリカン(アフリ
    カ系米国人=黒人)の演奏で、デキシーランドジャズはユーロアメリカ
    ン(白人)の演奏を指す」
    「黒人対白人という米国社会の構図を映したものだ。当時は一緒に
    演奏するということが無かった」
ピー  「簡単すぎる説明だなぁ」
パパ 「中身は時代的にほぼ同じで、どちらもシンコペーションのリズムを
    強調した形態だ」
ピー  「ほと、ベースとラッパのおっさんのデキシー風カンカン帽は、白人の
    影響かな?」
パパ 「このジャムセッションは、若干楽器が異なるものの、管楽器は3管
    編成だし、リズムセクションを含め、ニューオリンズジャズの基本
    スタイルを踏襲したものと言える」
    「テナーサックスの一人は、有名なレスター・ヤングなんだ」
ピー  「ほう」
パパ 「それと、ソロの回しは、ルイ・アームストロングの演奏スタイルで、
    初期のアンサンブル主体のジャズよりも遥かに進化している」
ピー  「でも、管楽器がやけにうるさいな~」
パパ 「管楽器がうるさいのは、デキシーやニューオリンズの名残りなのさ」
    「だけど、曲風はビーバップになる直前のスウィング感溢れるものだ
    し、ジャズの革命前夜における緊迫した演奏が伝わってくる」
ピー  「うん? スウィングの衰退が始まるの?」
パパ 「秋吉敏子流に言えば、下に潜ったスウィング感になる」
パパ 「この映画は、ビーバップまでのジャズの歴史の集大成だね」
    「そこに、1944年制作というこの映画の意味合いがある。と思う」

ピー  「映像の続きだけど、珍しくギターが出てくるね」
パパ 「このジャムセッションで唯一の白人、バーニー・ケッセルだ」
ピー  「うん? どうして白人が混ざっているの?」
パパ 「それは~、音楽プロデューサーであるノーマン・グランツの好みだ」
    「彼は、ユダヤ商法の持主だから、人種なんてどうでもいいんだ」
ピー  「ほう、要は実力と利益の問題なんだなぁ」
パパ 「バーニー・ケッセルの作品は ’On Fire’が有名だ。ワシもCDを
    持っちょる」   

ピー  「2番目のOn the Sunny Side of the Streetはどうなのさ?」
パパ 「この曲のボーカルは、マリー・ブライアントだ。この人はダンサーの
    筈なんだが?」
    「それと、この時代にしては珍しくクラシック・ブルーススタイルで
    歌っている。これが何とも言えない良か雰囲気を醸し出している」
ピー  「クラシック・ブルース?」
パパ 「細かく説明すると大変だが、これは1930年頃の女性ボーカル
    スタイルで、単にジャズバンドをバックに歌う形式をいう」
    「これもノーマン・グランツの趣味かも知れないよ」
ピー  「わざわざクラシック・ブルースを映像化したのは、何か理由があり
    そうだなぁ」
パパ 「黒人社会の歴史的背景を知らねば、この雰囲気を理解するのは
    難しい」
ピー  「映像から色々なことが読取れるんだねぇ」
    「まるで時代考証だ」
パパ 「でさ、マリー・ブライアントのヘアースタイルに注目してみよう」
    「これは、サザエさんだ」
ピー  「長谷川町子は、マリー・ブライアントのヘアーを真似たのか知らん?」
    「ところで、Jammin' the Bluesに合わせて踊っているのは、この人?」
パパ 「そう、パートナーは、アーチー・サベージというダンサーだよん」
    「踊っているダンスは、リンディ・ホップだ」
ピー  「ダイナミックな踊りだねぇ」
パパ 「この映像をジルバだと言う人もいるが、まだまだチャールストンの
    ステップが残っており、これは明らかにリンディ・ホップだ」

ピー  「リンディ・ホップって、以前、話していなかった?」
パパ 「そう、これね」

    「続きに元祖リンディ・ホップの映像を見てみよう」
    「世界でいっちゃん最初に公開された映像だ。↓」



    「ノーマン・グランツは、この映像を意識しながらJAMMIN' THE BLUES
    の映画を制作したと、ワシは思っているのよん」
ピー  「黒人男女が、無茶苦茶に動き回っている映像にしか見えないよ」
    「それより、最初のジャムセッションらしき演奏がいい」
パパ 「この後、リンディ・ホップは、白人によって次第にマイルドなダンス
    へと変化して行くんだ」
ピー  「チャールストンはどうなのよ?」
パパ 「下にチャールストンの映像を載せておくから参考にするといいよ」
    「これは、1920年頃のステップを再現したものだ」



    「んで、このチャールストンが、とんでもないものに影響を与えたんだ」
    「次回は、ワシの独断と偏見で、その影響について話そう」
ピー  「変な展開になりそうな予感がする。やだな」